推論の梯子(Ladder of Inference)、未来展望

『推論のはしご』

design safety system to find risk クリス·アージリスの耳に、マネージャーが一般社員のジェーンに話している声が入ってきました、”君の仕事ぶりは期待するレベルには達していないな、だからもっとしっかりしてくれないかな。さもないと、何らかの処置をしなければならないよ”と、まさに上司マネージャーの権限を振りかざすような声色でパワハラのようにも感じました。クリス・アージリスはこのように安易に結論にスピードを落とすことなく、飛びつくようにする傾向を『推論のはしご』を上がると表現しています。はしごを猛スピードで上らず安全な速度で、自分のやっていることを内省し、その内省に『推論のはしご』を使うことを提案しています。 Peter Senge(権威:経営革命大全のグルの一人)。出典:The Fifth Discipline( 5つの能力)Field book design safety system to find risk

第1章推論のはしごとは何か?

 

人間の思考は一瞬のうちに結論に至ることがありますが、そのプロセスには無意識の段階が多く含まれています。クリス・アージリスが示した「推論のはしご」は、その思考の階段をモデル化したものです。具体的には、私たちはまず現実の中から一部の事実を選び出し、それに意味を与え、仮定や信念を形成し、最終的な結論や行動に至ります。このプロセスは次の7段階に分類できます:事実の観察、特定の事実の選択、意味づけ、仮定の形成、結論の導出、信念の強化、行動への移行という順序です。

アージリスは、組織内の問題の多くが、このはしごを無自覚に高速で上ってしまうことに起因していると考えました。彼は特に「内省」と「問いかけ」の力を強調しています。前者は思考のスピードを落とし、自分の思い込みを見つめ直すこと、後者は他者に自分の前提を開示し、共通の理解を築く行為です。

たとえば、ある中堅メーカーの現場で、新人が作業手順を誤ったことに対し、リーダーが「君の責任感が足りない」と叱責しました。しかし、その判断は明確な事実に基づいたものではなく、「作業にミスがあった」という一部のデータだけを見て、即座に意味づけと仮定を行い、結論に飛びついた例でした。後にその新人が指導を十分に受けていなかったことが判明し、リーダーの早合点がチーム内の信頼関係にダメージを与えたのです。

こうした状況において、「私はこう感じたのだけど、どうしてそのように行動したのか教えてくれる?」という問いかけがあれば、真の原因を対話によって掘り下げることが可能でした。推論のはしごを丁寧に上り下りすることで、相手の視点を尊重しながらも、建設的なフィードバックができる土壌が生まれるのです。

 

第2章ドラッカーの未来観測と推論のはしご

 

ピーター・ドラッカーは、未来を予測するのではなく、「すでに起こっている未来」に気づくことの重要性を説きました。彼の未来観測術は三つの問いから成り立ちます。第一に、現状が通念に反していないかを問うこと。第二に、それが一時的ではなく恒常的な変化であるかを確認すること。第三に、その変化がどんな機会をもたらすかを考えることです。

このフレームワークと推論のはしごは密接に関係しています。何を観察し、どう意味づけ、どんな仮定に基づいて未来を読み取るか。こうした問いを立てる思考プロセスが、未来への洞察を深め、変革の可能性を開きます。

たとえば、ある小売業では近年、店舗来客数がわずかに減少していました。多くの管理職はそれを季節変動と捉えていましたが、あるエリアマネージャーは「これは通念に反する兆候ではないか」と考えました。彼は来店者の属性や滞在時間のデータを分析し、「スマートフォンでの事前チェックが進んだことで、現場での滞在が短くなっている」という仮定を導き出しました。その結果、売場レイアウトの即応性を高める取り組みが始まり、売上の維持につながったのです。

このように、推論のはしごを活用して「新しい現実」を認識し、そこに意味を見出して行動へとつなげることが、未来への橋を架ける第一歩となります。

 

第3章 フィードバックとフィードフォワードの思考戦略

組織における成長や改善は、過去を振り返るフィードバックと、未来を見据えて行動するフィードフォワードの両輪によって支えられます。フィードバックは、実行した行動と期待された成果の差異を確認し、学習を促すための振り返りです。一方、フィードフォワードは、これから実行しようとする行動に対して事前に助言や視点を提供するアプローチであり、変化への準備と柔軟な対応を支えるものです。

例えば、あるITベンチャーでは、毎週金曜日に「リフレクション・ミーティング」と題して、今週の成果や課題を振り返る時間を設けていました。当初は単なる進捗確認に留まっていましたが、推論のはしごの視点を取り入れることで、「なぜその判断をしたのか」「その背景にあった前提は何だったか」といった問いが飛び交うようになり、メンバー間の理解が深まりました。さらに、「次週どう取り組むか」というフィードフォワードの議論に発展し、個々の行動がより意図的になったのです。

このような取り組みによって、単なる振り返りが「未来を設計する会話」に変わり、メンバーの主体性と組織の変化対応力が大きく向上しました。

 

第4章 双方向コミュニケーションと心理的安全性(Psychological safety)

 

良好な組織運営において、双方向のコミュニケーションは不可欠です。従来型の一方向的な指示伝達では、現場の知恵や創意が埋もれてしまいます。代わりに、リーダーとメンバーが互いの仮定や考えを開示し、理解し合うプロセスが必要です。それが可能になるのは、心理的安全性が組織に根づいているときです。

ある中規模製造業では、「職場での気づきを共有する5分間対話」を朝礼に取り入れました。リーダーが率先して自身の誤判断や迷いを話すことで、部下も安心して意見を述べるようになり、日常的に推論のはしごを言語化する文化が育ちました。これにより、現場の改善提案数が3ヶ月で倍増し、実行率も向上したのです。

心理的安全性の高い職場では、メンバーが互いの違いを恐れず、積極的に意味づけや仮定を共有するようになります。その結果、見落とされがちな兆候に気づきやすくなり、早期のリスク察知や機会発見につながるのです。

 

第5章 チーム思考と個人の意思決定プロセス

 

チームでの意思決定は、個人の思考と深く関わっています。なぜなら、意思決定とは情報に意味を与え、仮定に基づいて結論を出す行為であり、そのプロセスは人によって大きく異なるからです。推論のはしごを意識することで、チーム内の考え方の違いが明確になり、真の相互理解が可能となります。

たとえば、ある製薬企業の新製品開発チームでは、「市場に投入すべきか否か」で激しい意見対立が起きました。しかし、ファシリテーターが推論のはしごの構造を活用し、各メンバーの前提と仮定をホワイトボードに可視化したところ、議論は冷静になり、共通する価値観が見いだされました。結果として、新しい視点での市場テストを試行するという第三の選択肢が見出され、チームの結束も強まりました。

このように、推論のはしごは個人の内省だけでなく、チームの合意形成や創造的対話のための土台にもなるのです。

 

 

第6章 KPI・ホワイトボード・日常対話の統合管理

 

KPI(重要業績評価指標)は、目標を明確にし、進捗を測定するための有力なツールです。しかし、KPIが真に機能するためには、それが日常の行動と意味づけと連動している必要があります。ホワイトボードによる可視化と、日常の対話を通じた意義づけが、この連動を支える鍵となります。

ある物流会社では、「安全運転・配送ミスゼロ」というKPIを掲げつつも、現場では単なる目標の押しつけにとどまっていました。そこで、リーダーはホワイトボードを活用し、毎日の配送終了後に「今日の気づき」「ヒヤリ体験」「小さな工夫」を書き出すよう促しました。さらに、毎朝5分の対話でそれらの投稿を紹介し、対話を通じて目標の意味を再解釈する場としたのです。こうした積み重ねによって、メンバーがKPIの背景にある価値を自分ごととして捉えるようになり、結果として実績も向上しました。

推論のはしごを用いた思考の明示化と、日々の可視化と対話の統合が、形式的だったKPIを行動の原動力に変えるのです。

 

第7章 組織文化とパフォーマンスの連動性

 

組織文化は、意識的・無意識的な行動の集積によって形成されます。そしてそれは、パフォーマンスに直結します。推論のはしごを共通言語として使う組織では、行動の背後にある仮定や価値観が見える化されることで、誤解や対立が減り、協働の質が高まります。

あるIT企業では、新規プロジェクトのたびに「チーム合意ミーティング」として、お互いの思考パターンや判断基準を開示するワークを実施しています。最初は戸惑いがありましたが、2〜3回の繰り返しで「言わなくても分かる」の危うさが共有され、意思決定のスピードと質が劇的に改善しました。

また、信頼関係の醸成には、「透明性」と「相互依存」が鍵となります。自分の役割を全うしつつ、他者と連携し、支援し合う関係性があってこそ、組織文化は健全に保たれます。推論のはしごは、その信頼の基盤を支える道具であるといえるでしょう。

 

第8章 推論のはしごを活用したワークショップ・フレームワーク

 

理論を理解するだけでは、組織に変化は起きません。推論のはしごを日常に根づかせるには、実践的なトレーニングが必要です。そこで有効なのが、対話型ワークショップです。推論の構造を可視化し、他者と比較し、内省するというプロセスは、思考のクセを知り、行動の意図を磨く学びの場となります。

ある自治体では、施策立案プロセスに「推論のはしごワークショップ」を組み込みました。参加者は、過去に失敗した政策判断を題材に、自分がどのように意味づけし、仮定を置いて結論を出したかを再現し、他者と共有しました。これにより、「誰が悪かったか」という犯人探しではなく、「どう考えたか」「何を見落としたか」という建設的な問いが生まれ、職員の学習風土が醸成されました。

ワークショップは、単なる研修ではなく、組織全体の対話文化を育む仕組みです。推論のはしごを扱うことは、すなわち「考え方を扱う」ことであり、これはまさに組織の知性を高める営みなのです。

 

 

第9章 組織変革の持続性と推論のはしごの未来展望

 

9.1 総括:理論から実践へ

 

本稿では、クリス・アージリスとドナルド・ショーンが提唱した「推論のはしご」というフレームワークを起点に、組織における思考と行動の関係性を可視化し、それをピーター・ドラッカーの経営理論や未来観測手法と接続して論じてきました。無意識の思考パターンとして存在する推論のはしごを自覚することは、組織のあらゆる階層において重要です。そして、ドラッカー流の未来観測手法を用いれば、仮定の問い直しによって、組織戦略をより柔軟で機動的なものに変革することが可能になります。さらに、フィードバックとフィードフォワードの考え方を取り入れることで、行動変容の循環が設計され、持続的な改善が実現されます。

この理論を支える土台には、心理的安全性に基づく双方向のコミュニケーションがあります。KPIやホワイトボードといったツールを活用しながら、進捗状況や課題を可視化し、それを起点とした対話を繰り返すことで、チーム内での前提の共有や健全な対立が促進され、深い合意形成へとつながります。こうした考え方を組織に浸透させるためには、ワークショップなどを通じた実践的な学習が不可欠であり、現場での展開を通じて思考様式そのものを変えていく必要があります。

 

9.2 推論のはしごは「対話力の軸」である

 

本稿で述べてきたすべての理論は、「対話をどう進めるか」という一点に集約されます。推論のはしごとは、単なる心理学モデルではなく、リーダーや現場の知識労働者が「考えながら話す」「話しながら考える」ための思考の軸となるインフラなのです。考えを自分の中に持っているだけでは不十分であり、それを他者と共有することで初めて力となります。また、前提を明示しなければ、相手からの理解も、信頼の形成も難しくなります。多様な視点に開かれた対話こそが、変化の時代において未来を切り拓く原動力となるのです。

この対話の軸を組織文化として浸透させることができれば、変化への適応力が高まり、メンバー同士の信頼が再構築され、結果として持続可能な成長が組織にもたらされます。

 

9.3 推論のはしごが導く未来型組織

 

AIやデジタルトランスフォーメーション(DX)、リモートワークなどによって、働き方、意思決定、関係性の在り方が根本的に変化しています。このような時代において、最も重要な組織能力は、「問いの質を高めること」「仮定の透明性を確保すること」「行動の意図を共有すること」に他なりません。

推論のはしごをベースに据えた組織文化は、意思決定を特定の個人に依存せず、プロセスとして説明可能なものへと変えていきます。失敗が起きた際にも、責任追及ではなく、思考プロセスの確認と共有によって学びに変えることができます。そして、対話は単なる情報伝達の手段から、意味を共創する場へと進化します。これが未来型組織のあるべき姿なのです。

 

9.4 最後に:Psychological safety, Well-beingのために、問いを立てる組織へ

 

 

変化に適応し、自ら進化する組織とは、あらかじめ正解を知っている組織ではなく、適切な問いを立て続ける力を持つ組織です。推論のはしごは、その問いを生み出し、考えを構造化し、他者と共有しながら行動へとつなげるための道具です。これを日常に組み込むことで、組織の中で思考と対話が鍛えられ、深い変革が起きていきます。

 

この記事が、皆さまの組織、チーム、そして個人の学びと変革のプロセスにおいて、Psychological safety, Well-beingを気づき上げるための参考になることを願っています。ではご安全に。Have a safe and nice day.

 

 

付録:推論のはしごワークシートと問いかけテンプレート

推論のはしごワークシート

このワークシートは、個人やチームの思考プロセスを可視化し、内省や対話を深めるために使用します。以下の7つのステップに沿って、実際の出来事を振り返ってみてください。

  1. 観察した事実(誰が・何を・いつ・どこで)
  • 例:Aさんが会議で発言しなかった。
  1. 選択した事実(特に目についたこと、気になった点)
  • 例:他のメンバーが発言する中で、Aさんだけが終始無言だった。
  1. 意味づけ(その出来事をどう捉えたか)
  • 例:Aさんは話す気がないのではないか。
  1. 仮定(意味づけからどんな前提を持ったか)
  • 例:Aさんは会議そのものに関心がない。
  1. 結論(どんな判断をしたか)
  • 例:Aさんにやる気を抱かせるにはどうすればいいのかと感じた。
  1. 信念・価値観(この結論が強化された自分の価値観)
  • 例:積極性がない人を積極性を持たせるにどうすればいいのか、チームに不要だと考えていたことを見直さなくては。
  1. 行動(その結論からどのような行動をとったか)
  • 例:次回からAさんにチーム全員が気配りしてやる気を抱かせるようなコミュニケーションを心がけ発言を促す振ことに決めた。

※ワークシートを共有し、他者の「意味づけ」や「仮定」と比較することで、前提の違いに気づくことができます。

 

 

 

 

対話を深めるための10の問いかけテンプレート

以下は、推論のはしごの各段階に応じた効果的な問いかけ例です。1on1、ミーティング、ワークショップなど、あらゆる対話の場面でご活用いただけます。

観察に対して

  1. 「今何が実際に起きていたと思いますか?」
  2. 「私たちはどんな事実に注目していますか?」

意味づけに対して
3. 「その出来事をどう解釈しましたか?」
4. 「他にどんな見方ができるかもしれませんか?」

仮定・前提に対して
5. 「その考えの前提は何ですか?」
6. 「その仮定が違っていたら、どんな可能性がありますか?」

結論・行動に対して
7. 「どんな行動を選びましたか?それはなぜですか?」
8. 「その判断の根拠は何ですか?」

信念・価値観に対して
9. 「それは自分のどんな価値観に基づいていますか?」
10. 「他の人ならどう受け取るか、想像できますか?」

このワークシートと問いかけリストは、リーダー・マネージャー・ファシリテーターが日常的に使える「思考と対話の促進ツール」です。研修・会議・1on1・人材育成など、あらゆる場面でご活用ください。

参考 ISO31000リスクマネジメントガイド

下はISO31000リスクアセスメントコンセプトフローチャートです。

risk management process to design safety system

Risk Assessment アセスメント

Risk Identification 識別 Risk Analysis    分析 Risk Evaluation   評価

Risk Treatment リスク対応

「リスクの評価」最初のステップはリスク「識別」です、識別は ”危険源(危険源=危害を引き起こす潜在的根源)や有害源 (ハザード)”を発見することです。ドラッカーの①すでにおきている通念(一般の共通認識として、認識されている考え)に反することは、何かを問う。②起きている変化は一時的ではなく、本当の変化かどうかの証拠はなんであるかを問う。(新しい現実の証拠)③その変化に意味と重要性があるならば、それはどのような機会(opportunity)をもたらすのかを問う(新しい現実を前提とした未来 )、本稿はISO31000リスクアセスメントと共通なコンセプトを感じます。

 

参考 ドイツのポルシェエンジニアリングでの出来事

もう15年も前、中国の新車開発にポルシェエンジニアリングに出張していました。エンジニアリングメンバーの休憩時間(だけでもなく)にはメンバーが集うコーヒースタンドがあり、白板を前にコーヒを飲みながら話し合い、white board communicationをしていました。その時参加できない人への伝言版として語りかける。 また、効果的な分析に不可欠なのは、定性ではなく定量的に具体的に指標化、数値化された成果目標を KPI(キー・パフォーマンス・インディケーター)で確認していました。初期の成果と結果をしっかり確認、KPI、日々のコミュニケーション、フィード・フォワードがセットで機能していました。

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